第4回 会津唐人凧 凧揚げ大会   

2003年10月5日(日)
会津若松大川緑地公園
(阿賀川の河川敷)


逸話
 1868年戊辰戦争の時官軍の攻撃を受け、陥落寸前の鶴ヶ城から突然
 会津唐人凧が揚がった。 揚げたのは城内の子ども達で、その中に、
 後の日本人女性初の留学生となった山川捨松(後の大山巌夫人)がいた。
 鹿鳴館の花とうたわれた捨松は「敵にはまだ余裕が有ると思わせる為に
 子ども達は一生懸命に凧を揚げ続けたと語っている。
会津若松全戸配布チラシより


当日は北は北海道から南は奈良県よりお出でになられたとアナウンスが有りました
大凧は 新潟県・埼玉県  当会津若松市は唐人凧が有ったのかよく分かりませんでした
風が無く一時的な風を求めて息を切らして揚げていました。

開会式の様子
出番を待つ凧


新潟の大凧の準備
当日一番大きかった凧
埼玉の大凧に準備         
大型のトッラクを準備していました
車体には保存会の名前も     


いろいろな凧が風の有る時を狙い
一斉に揚がりました。
画面左側の鳥のようなものも凧です
人形の凧も揚がり
いやらしいの声も上がりました


埼玉の大凧揚げる寸前
10人位でロープを引きながら走ります
(風の有る時を狙い)
上がった埼玉の大凧


新潟の大凧
新潟の大凧       
人の大きさと比較して下さい。



最後に参加年齢は高齢の方が多かったように見ました
前日よりホテルに泊まりがけでの参加のようでした
勿論美味しい会津の酒はご堪能」いただけたと思います
会津唐人凧は有ったのかな? 分かりませんでした。


撮影・校正 管理人